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少し落ち着くまでポケモンブログはお休みさせていただきたいと思います。
余震とかまだまだ来たりで、まだ油断を許さない状況なので・・・すみません。
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お久しぶりの更新がこんな形になってしまうとは
誰が予想しただろうか・・・。。

こんにちは!東北地方太平洋沖地震恐いですね。
現在も余震が続く東京で
私も大変な目にあったので、その軌跡(え)を書いていこうと思います。
それと周りのポケモンクラスタさんのご無事もお祈りしております><

3月11日(金)
私はその日以前から美容院に行くか皮膚科に行くかと悩んでおり、
処方してもらっていた薬が少なくなっている事から
午後の診察時間から皮膚科に行く事にしました。
皮膚科に行く前に掃除・洗濯・お米の用意(お米を研いで炊飯器にセットする)を終わらせ、
皮膚科に向かいました。
いつも通り診察も終わり、後はお会計を済ませていつも行っている薬局に処方箋を出して薬をもらって
帰るだけだと思っていたのです。
しかし皮膚科でお会計を待っているといきなり地震で揺れ始め、その揺れはいつもの震度2や3とは違う
大きな揺れでした。
周りの看護師さん達もパニックになり、皮膚科は一気に空気が変わりました。
受付に置いてあった機械が落ち、壁掛け等も看護師さん達の手によって下ろされ、
診察室に居た院長先生が子供達を診察室の中に誘導しました。
そして地震が治まると同時に午後の診察を締め切る体制に入り、
直後に来た患者さんは速やかに返されました。
私は多少混乱してはいましたが、そこではそんなに取り乱す事なく落ち着いていました。
お会計を済ませた上で看護師さんが『余震もあると思うので、少し落ち着くまでこちらにいらして下さい』と
声をかけてくれました。
私もすぐに外に出るのは恐いと思い15分くらいしてから外に出ました。
すると、外にはオフィス街に居たであろう人達が大勢外に逃げたのか
歩道には凄い人の数で、これはただ事じゃないとそこで再確認しました。
私はそのままいつも行っている薬局に行き、薬を処方してもらおうと思って
イスに腰かけていたのですが、ここでも非常に大きな横揺れに見舞われました。
家はどうなったんだろうと思いつつも、いつも通り近くのスーパーで晩御飯の買い出しをして
自宅マンションに向かいました。
するとまずエレベーターが動いてない事に気付きました。
これは非常階段を上って7階まで行かなくてはいけないと思い、
外の階段をせっせと上りやっと部屋に着きました。
ガチャ、鍵を開ける。
するといきなり何かが扉の外になだれ込んできました。
そして目に入った光景がとんでもない事に気付いたのです。
玄関は玄関横の収納扉(大き目の下駄箱)にしまってあった
雑誌類で埋め尽くされ、キッチンの上の食器棚からは
そこにしまっていたであろう食器類が全部廊下に投げ出され
ほぼ壊滅状態(つまりお皿が木端微塵で足の踏み場もない)になり、
冷蔵庫のものも外に投げ出され、卵は全滅でした。
そして奥の部屋に行く扉の前で冷蔵庫横に置いてあった
ラックにヘルシオ(ウォーターオーブン)や炊飯器・お鍋類を収納していたのですが、
それが隣の部屋を遮るようになだれ込みオーブンも宙ぶらりんで道を塞いでいました。
私はそこの隙間から若干見える隣の部屋を見て変な汗が出る思いに駆られました。
何故なら箪笥が2つ並べてあったものから引き出しが前のめりに全部出され、
それが全部私と旦那さんが使ってるパソコン(私のに至っては大きめのデスクトップ)←何インチか忘れました;
方向へダイブ。
そして箪笥の上に乗っていたWii・PS3・液晶テレビ等が見当たらない…。
もう嫌な予感しか横切らず、私はショックを受け、どうしたらいいのか分からなくなり、その場で途方に暮れ、
考えた末に8階に住んでいる大家さんの元に行くことにしました。
階段を上りインターホンを押すと大家さんの奥さんがせっせと
片付けをしていました。私の部屋のように物が散乱していたのです。
そこで私は事情を説明して取りあえずスリッパを借りて避難場所等を教えてもらいました。
もう恐くて、1人で部屋には居たくなかったからです。
その間も余震でかなり揺れたりしていました。
私は一度区役所に足を運ぶ事にしました。
すると区役所も地震の影響で業務が終了しており窓口がしまっていたのです。
ふと、目に飛び込んできた公衆電話に並ぶ行列。
何も考えずにその列に並んでみたものの、小銭が少ない事に気付きました。
それでも何かしなければいけないと思い、母と実家、旦那さんの携帯にそれぞれ電話をしたのです。
しかし地震直後という事もあり何処にも繋がりませんでした。
もう何をどうしたら良いのか分からず、最寄り駅内の緑の窓口(暖房が効いて温かい)にある液晶テレビで
地震速報を2時間くらい立ち見していました。
すると窓口に居た人が『ここも安全点検の為閉めます』と声を上げて話しました。
仕方なく駅内に隣接しているアトレの中に入り込み暖を取っていたのですが、
しばらくして『18時に閉館します』というアナウンスが入り、ここもかと思った私は、
お昼(軽め)から何も食べておらず空腹感を隠せなかった私は、丁度目の前のパン屋さんで
パンを選び(旦那さんの分も選んで)アトレから出ていきました。
外も次第に冷え込み、このまま外に居てもどうしようもないけど、
1人であの滅茶苦茶になっている部屋で居るのは精神的にも辛すぎたのです。
携帯も何度も連絡をしているのにやはり誰にも繋がらず、
私はもう一度電話ボックスに足を運び、ダメ元で実家(都内)に電話を掛けてみました。
すると電話は意外にも繋がり、母親が電話に出ました。
現状を説明すると、母はそこからタクシーを拾って実家まで帰ってくる事を勧めてきました。
電車も動かない今、私にはそれしか頼り所が無かったのです。
そしてタクシーで実家に帰る前に旦那さんに置手紙を残して置くようにと言われ、
もう一度マンションに戻り再びあの部屋に入りました。
そして書くものがあるか確認をするも、向こうの部屋(ラックとオーブンで塞がれている)にしか
ボールペンが無い事を悟り、また8階の大家さんの元を尋ねました(2回目)
そこで母に言われタクシーをひろって実家に帰る旨を伝え、置手紙を残す為に書くものを借りました。
そして7階に戻りドアポストに置手紙を挟んで私はタクシーをひろいに外に出ました。
しかし、私の期待とは裏腹にタクシーは全く捉まらなかったのです。
いつも駅の前に並んでいるタクシー群が何処にも見当たらないし、来るタクシーは皆回送車もしくはお客さんを
既に乗せているタクシーだったのです。探すのにも疲れてきた頃、旦那さんからメールが来ました。
『一応車で帰っているけど、何時になるか分からないけど、駅で待っててねー』というメール内容でした。
ここで私はまた望みが見えた!と思いタクシーを探す事を止め、また駅に向かいました。
その間旦那さんにはメールで母とのやりとりを教えていました。すると旦那さんが
『タクシーも乗れないだろうけど、車が動かないから実家に帰るとなると夜中になっちゃうと思う(汗)』と
言われ、とりあえず何処も道路が混雑しているのだと認識しました。
駅に着くとシャッターは下り駅構内には入れなくなっており、周りにある飲食店も閉まっていたので、
外で待つという手段しか私にはありませんでした。
周りにもバスを待つ人やタクシー乗り場でタクシーを待つ人達の行列、電話ボックスに並ぶ人達であふれ返っていたので、寂しくはありませんでした。
むしろ私にとってはあの部屋に居る事の方がよっぽど寂しかったからです。
母からのメールでタクシーに乗れたかという確認メールが来たので、
早速旦那さんが車でこっちにむかっている事をメールで知らせました。
私は駅の近くにある某チェーン店の前に2、3時間?程佇んで旦那さんを待っていました。
しかし、その期待はすぐに裏切られてしまいました。
『この分だと23時か24時とかになりかねないから家に居た方が良いかもね…』と旦那さんからメールが来たのです。

あの部屋に居る方が良いかもね・・・?

あの滅茶苦茶になってる部屋が脳裏に蘇りました。
それしか方法が無いのかと、混乱し私はしばらくボーっとした後に
公衆電話に向かい実家に電話をする事にしました。
泣きながら私は母にタクシーに乗れなかった事(捉まらなかった事)旦那さんの帰りが遅くなるので、部屋で待っていた方が良いと言われた事、それでもあの滅茶苦茶になっている部屋に1人では居たくない事を母に説明をしました。
すると母が車でそっちに行ってあげるよーと救いの手を出してくれました。
『今から行くからマンションのロビーで待ってて』と言われ、私は1度7階の部屋に上り、
今まで持ち歩いていたパン屋さんで購入した卵サンドだけをほうばり、
母に言われたようにロビーで待っていようと決めました。
しかし、パンをほうばっている最中に母からメールが来ました。
『ごめんね!行かれそうにない!旦那さんの方が早く辿りつけると思う!
(以下省略)』というメール内容でした。
それを見た瞬間私は部屋の風景を見ながら泣き崩れました。
余震も続く真っ暗な部屋でただただどうすればいいのか分からなくなったという思いよりも、
この滅茶苦茶な部屋に居るという恐怖感が強くあったのか、私は大家さんの家に一緒に居させてもらえないかと、
8階に行き大家さんに事情を説明しました。
すると大家さんは『こんな部屋で良ければ(同じく滅茶苦茶)どうぞ居て下さい』と
向かいいれてくれました。
私は1人じゃないんだと思うと同時に安堵感でいっぱいになりました。
私はそこで娘さんの部屋に一緒に居させてもらえる事になりました。
最初はずっと外に居た寒さの震えと余震の震えで体が落ち着かなかったのですが、
暖房を入れてもらい、ご飯もご馳走になってだいぶ落ち着いて座っていられるようになりました。
そして大家さんの息子さんの提案で
部屋の現状を見るべく私・息子さん・大家さんで
7階に行き、あのカオスな部屋に足を踏み入れ、ラックとオーブンを起こしてもらい、
奥の部屋に進めるようになり、そこで前のめりになっていた箪笥の引き出し達を取りあえず起こしてもらいました。

結局駄目になった物リスト

・液晶テレビ
・衣類の引き出し箪笥
・食器類
・デスクトップを乗せてた丸机



結局私は4時過ぎまで大家さんの家に居させてもらいました。
旦那さんは仕事場から自宅マンションまで結局10時間以上掛かって帰ってきました。
※普段は約1時間くらい。

そしてそこから私は旦那さんと寝ないでそのまま部屋の片づけに追われました。
今も余震が続く現状で、元々三半規管が弱い私はずっと揺れてる感覚に陥ってしまいました(苦笑)
テレビでこの余震は1ヵ月程続くと言っていたけど、
落ち着いて余震を気にせず過ごせる日が一日でも早く来る事を願っています。
あと、未だに岩手に一緒に住んでる祖母と叔父に連絡がつかないので心配・・・。
お久しぶりの更新になりますw
今回はちょっとポケモンの話しではないのですが、
実はですね、お友達にPSP本体を頂きまして…
いや、本当は旦那さんへの贈り物だけのはずだったのですが、
その・・・流れ?でPSP本体まで頂く事になって///
それでですね、私の誕生日(いや、誕生日はまだ来てないのですが)に
PS3とトルネのセットを購入しまして、
トルネとか凄い便利で良いですね^p^
新聞のテレビ欄と同じような感じで番組一覧が見れるとか!
私の誕生日プレゼントというかむしろ旦那さんがテンション上がってましたものw
で、その時に折角PSP頂いたからという理由で
モンハン3も一緒に旦那さんに買ってもらったんですね(o′Д`o)
前の日記でモンハンとか~なんて言ってたのに…w

PSP.jpg
黒PSP→友達に頂いたもの。
シルバーPSP→旦那さんへのクリスマスプレゼントって事で私が購入したモノ(モンハンもw←)

結局旦那さんも巻き添えにしてモンハンやってます^p^
PS3があるのでアドホックパーティをDLしてですね、
友達とたまに一緒にやったりしてますw
買ってやり始めた当初は(カメラワークが激し過ぎて)やっぱり酔ってたのですが、
今はもう慣れてきたので、そこまで酔ったりはしてません。
ただアクションゲームとかはご無沙汰だったので、
(多分弟とゲームキューブでスマブラとかやった以来?w)
武器の使い方が下手くそすぎてワロタ\(^0^)/
友達にいっぱいやれば大丈夫だよーって
言われたけど慣れるまではモンスターに振り回されてそうw
取りあえず、モンハンはアイルーが可愛すぎて
猫好きの私には本当に癒し的存在です///
あとは武器や防具等の素材をはちまちま集めたり、
農場でちまちま素材集めたりするのが私的にはハマり要素なので
ちょっとしばらくはモンハン漬けになりそう・・・かなw←
テーマ:ゲームプレイ日記・雑記
ジャンル:ゲーム
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